うちの娘おかめ納豆に似てる。

アラサー主婦による育児記録や結婚生活やなんでもないこと、購入おもちゃや趣味などを書き綴るブログ。

マツケムシと夕暮れ

毒家族の中で育ったが、毒家族にも毒家族なりに愉快な思い出もあるものだ。
最近暗い記事ばかりだったので、思い出話をひとつ。


三歳から中学校を卒業するまで、祖父母の家で暮らしていた。
祖父母の家の庭には、楓やサルスベリや梅や松などたくさんの木が生えていた。
なので庭で蝉の抜け殻をみつけたり、いつの間にかハチが巣作りしている現場に出くわしたりすることがよくあった。
ミカンの木には毎年何度かアゲハ蝶が卵を産みにやってきて、祖父はその度卵の駆除に手を焼いていた。
小学校低学年の頃だと思う。私は卵の駆除をしていた祖父の横で何気なく呟いたことがあった。
「この卵が全部孵って庭中ちょうちょでいっぱいになったら綺麗なのにな」
と。

どうやらこれが祖父の心にえらく響いてしまったらしい。それからしばらく経ったある日、学校から帰ると家の前で箒とバケツを持った祖父と祖母が必死に何やら掃き集めていた。「何してるの?」恐る恐る尋ねると、祖父は額に汗を滲ませながらこう答えた。「これみんな集めて庭で育てるべ!」祖母がバケツをこちらに差し出す。「ほら、こんなに集まったよ」バケツの中を覗き込むと、そこには大量の毛虫が蠢いていた。

私は狼狽した。毛虫の成虫は蛾であるという知識をすでに持っていたのだ。目の前で祖父母が孫のためにと必死にかき集めているそれはどう頑張ってもアゲハ蝶になることはない。

「じいちゃん、ばあちゃん。これ、ちょうちょにはならないよ」
「ほら、松の木のあたりにまだいっぱいいるよ!」

このままではまずいと思い、ランドセルを放り投げ自室から昆虫図鑑を持ち出して祖父母に見せた。そしてアゲハ蝶の幼虫とは特徴が異なっていること、柑橘系の葉を食べて育つので松の木についているのはおかしいということ、おそらく集めた幼虫はマツケムシであるということを簡潔に述べた。

祖父母の顔からは笑みが消え、
「なぁんだ。そうかぁ」
と小さくこぼし、肩を落としながら庭の水栓をひねりバケツに水を注ぎ込んだ。

孫の笑顔が見たい一心で毛虫と知らずにマツケムシをかき集めた祖父母。その愛情に気づきつつも残酷な真実を告げようと決めた孫。精一杯生きていただけなのに水攻めにされたマツケムシ。
誰一人として悪くない。
なのにそれぞれが傷ついた、そんな夕暮れだった。